第8回目のサムライ伝には、Vol.7の平尾 成志氏がサムライならばこの人です、とご紹介いただいた、書家 中澤 希水氏です。2月、立春から雨水に代わるころの、陽光が春を感じる昼下がり、恵比寿のお稽古場へインタビューにお伺いしました。それ以前にも、昨年末に1回、年始に1回とワークショップへ参加。希水氏自身の自然体で、凜とした存在感や、感性、そこから表現される作品に引き込まれ、長年探していた、我が書の師としてもこの縁を機に、ご指導を仰ぐことにもなりました。
2017年 年末に神楽坂で初参加した「新潮社la-kaguにて干支創作書道ワークショップ」では、小学生の頃に習っていた「習字」との世界観の違いに衝撃で、堅苦しくなくルールもゆるやか、自由に楽しく自分の美意識を表現できるかもしれない「書道」に出会えた悦びに興奮しながら帰宅したのでした。なにせ、先生にお手本を書いていただいた時には、たしかに半紙の上から始まった字を書く筆が、途中で半紙から飛び出して、そのまま赤のフエルトの下敷をなぞり、再度半紙へもどってきたのですから。
下の写真は、2018年の1月7日の書き初めワークショップ。各自好きな文字を書きます。選んだのは「侍」。書いていただいたお手本では、「侍」の文字の”一画”が縦長の半紙の下まで伸びていく。それが日本刀で、最後の力強い”点”は空にたなびく雲に見えます。風に吹かれて荒野を歩くしなやかなで自由な侍のイメージ。きっと剣の達人。
そして、このワークショップの前日の1月6日は、ちょうど節目の、希水氏40歳の誕生日。そして当日に投稿されたのが、孔子の言葉、四十にして惑わず。の、「不惑」の文字。
迷いのない墨跡とそのエネルギーに、自分の書の師として指導を仰ごうと、我も不惑。翌日ワークショップ後に、入門の決意を告げることになります。
サムライのルーツ
ではここで、中澤 希水 公式サイトよりプロフィールを抜粋。
1978年1月生まれ 静岡県浜松市出身 東京都在住 大東文化大学文学部中国文学科卒業 希水會主宰 師・成瀬映山 2014年 第9回手島右卿賞受賞 2016年 浜松市親善大使「やらまいか大使」就任 書道家の両親の元に生まれ書を始める。『気韻生動』『Less is more』の精神を念頭に書作品、抽象画を制作。 様々なロゴや題字も手掛ける。
とあります。
侍「両親が書家の家に生まれたので、書家になろうというよりも、生活の一部として書が当たり前にあって、当たり前のように筆を持っていました。記憶にはありませんが、1歳の時に書いたものが実家に残っているので、そのころにはすでに書いていたのではと思います。常に筆があったし、今でも毎日筆を持つので、もう体の一部、生活の一部ですね。」
「でも中学3年間だけは剣道部でした。高校のときは、書と同じぐらい絵を描くのが好きでしたね。高校 大学と書道部で、卒業後にそのまま書家になっているので、それからはずっと書に携わっています。あとは23歳から26歳ぐらいまでは、1度嫌になって書から離れています。ビリヤードに夢中になって、競技や試合に出たりとか、プロになる手前までいって、書にもどってきました。」
「師匠についたのは大学進学で東京に出てきた18歳の時です。虎ノ門の文化庁の看板を書かれた方ですが、その成瀬 映山先生の感性や字に、ずっと憧れていました。当時先生はすでに70歳で高齢で高名な先生だったので、もっと若い先生のところへ行け、と断られたんですけれど、諦めず、最後には先生も根負けし、弟子にしていただきました。30歳のときには師匠がお亡くなりになったので、書壇からも離れ、フリーでやっていこうと決意。書道教室は26歳からしています。看板も出さず宣伝もせず生徒さんは縁のある人がほとんどで、十数年経ちました。」
サムライのいま
中澤 希水氏の、現在のご活躍をご紹介します。
「心あそぶオトナの書道・全紙サイズに表現する今月の一文字」
写真の陶器は野口悦士氏とのコラボ作品
@カフェファソン中目黒 @京都 寺町季青
などの他にも、企業でのイベントでのパフォーマンス、ブランドロゴ製作、題字製作など、多岐に渡って活躍されています。
こちらは、2014年 第9回手島右卿賞受賞を受賞した作品 銘「LOVE」
既成概念にとらわれない、自由で瑞々しく静かで強く暖かい愛、を感じ、癒されます。書家として相当の力量があるからこそ表現できるバランスだと思います。
自分の内側の声に耳を傾けて
好きなことは何ですか?
侍「ビリヤードとカラオケですね。先日”侍”について考えていたんですが、ぼくが常に右手に持っているものは、”1本の棒”。筆もそうですし、中学の時は竹刀、あとビリヤードのキューと、カラオケのマイク。この間ふとそれに気がつきました。侍ほど鬼気迫るものはなんですが、いいふうに自分で捕らえれば、DNAに”侍魂”みたいなものがあり、”1本の棒”で”事”を起こすということが、自然に身についているのかなと。たとえばそれらで、人が喜んでくれたり、感動してもらえるとか、いい作用が生まれるのなら、持つものは何でもいいなと、最近思っています。書家は、会社で上司と部下がいてとかではなく、ひとりの世界なので、そこでたまったものを発散してるんでしょうか(笑)」
侍が、右手に常に持つ ”1本の棒” についての考察に驚きましたが、ビリヤードも歌もプロ並みで、先日初めて拝聴したライブでの玉置浩二の歌にはシビれ、驚きはてました。
好きなものはの問いには、「綺麗なもの。基本的に美しいもの、バランスのいいもの。あとは気韻生動というか、目に見えないエネルギーがあふれているものとかを、眺めたり手に取ったりとかが好きです。」
好きな人はの問いには、「今は、いないですね。20代や30代前半のときは、ものすごく色々なものを吸収したくて、片っ端から本を読んだり、美術館へ行ったりしていて、こんな作家になりたいとか、素敵だなとか思う人を追いかけてみたりもしましたが、ここ1年ぐらいは行かなくなりました。それらにとらわれていたり、こだわってたら、それ以上のものを作れないなとふと思って。先日のインドへ行った時も感じましたが、人間の根っこにある、自然のものとか、目に見えないものを、意識するようになって、今はニュートラルな状態です。もっと自分の内側の声に耳を傾けて、そこから沸き上がって来るものを、表現に落とし込むのが大事かなと思います。」
好きな女性はの問いには、「妻がそうなんですけれど、常に目標に向かって前進し続けている人。現状に満足せずに、進んでいこうと、たとえいい結果でなくても、もがいている状態でも、邁進している人。」
お写真は、3年前に愛妻の熊谷 真実さんと「徹子の部屋」に出演された時のもの。
氏にとってネクタイはとの質問には、「僕にとって、社会とのつながりですね。する機会は圧倒的に少なくて、こういう職業で、普通にネクタイをする職業の方々には怒られるぐらい、自由に生きているので、ときおり社会とあまりにも遊離しているなと感じることがあるんです。僕の場合は冠婚葬祭時が多いんですが、時折ピシッとネクタイを締めてスーツに身を包むと、ああ、みんなと同じこの社会の中で生かしてもらってるんだな、独りじゃないなって思います。(笑)」
現代に、侍のような男性がいるとしたらどんな人だと思いますかの質問には、「僕の抱くイメージは、ものすごく物静かな人。静かだけれど、有事のときは人の何倍も動ける人。刀こそ持っていないけれど、事を起こさなければいけないタイミングが来たときに、誰よりもばっと動ける。自分がそうあれたらいいなと思います。」
希水氏の作品は、余白がとても暖かく優しく、そして美しい。まるで丸山応挙が”雪松図屏風”で、雪の白さや日光の輝きを、塗り残した地色よって、描くよりもリアルに表現するかのごとく。実際に目に見える墨跡。ときに力強く凛々しく、とにき軽やかに流麗にと変幻自在なフォルムの墨跡の存在自体が、常に黒の服に身を包む、希水氏自身、と重なります。そのまわりに醸し出す雰囲気が余白。空。自分を出しすぎず、相手への余白を残す氏、そのもの。その、墨跡がない部分に、自分と相手への自由、包容力、愛、優しさ、誠実さ、素朴さ、純粋さなどいろんなものが、目には見えなくとも、確実に在る。墨と余白のコントラストと、墨の濃淡で、その瞬間の氏を炙り出し、どちらが主でどちらが従かもわからないほど、一体化して、見るものを魅了する。
女「これから先、何がしたいですか?」
侍「今後は、今も準備していますが、海外へ作品を発表していきたいですね。いわゆる伝統書道的な表現ではなくて、書を根幹とした抽象的な作品で、アートに近い。日本のすばらしい書の存在を伝えるために、書ではない作品を精力的につくる。日本のみならず海外に発表し、作品に興味をもってもらったその次の段階で、その作品の源に在るものが、例えば、地味な練習だったりとか、日本人としての精神とか、平安貴族のつくった美しいものなどの存在だったりすることを、僕のフィルターを通して、違う形にして、それらの美しさをもう1度伝えたいです。」
余命3日なら、「考えたことはありませんが、とりあえず、ありがとう、とみんなに言いにまわります。」
メッセージ編
世界へ向けてのメッセージをいただきました。
自分の本来持っているものを受け入れること。
「ネット社会で、情報が溢れていますが、結局情報に流されて、いろんなものを吸収したとしても、自分の持っている感性とかそんなに簡単に変わりませんので、自分の本来持っているものに目を向ける。自分自身を受け入れてあげる。こんな自分は嫌だとかここは良いとか選択せず、ここも自分、これも自分と受け入れる。他人に対しても、そういう人もいるんだと受け入れてあげる。もっと広げて言うと、インドでも思いましたが、良し悪し、勝ち負けとかでなはくて、この部分は日本にはなくて素晴らしいとか、こういう文化もあるんだと、広い視野でいろんなこと受け入れてあげようという心持ちがあれば、日本には自殺する人が多いですが、自分を否定ばかりせずに受け入れる器を大きくすると、日々が楽しくなるのではないかなと思います。」
最後にとても現代の侍らしい美しい動画をお届けします。BROSH POMADE IMAGE MOVIEより