現代のサムライたちの時空間へ

サムライ伝 Vol.2 ジャーナリスト 池田匡克氏

第1回目「サムライ伝」から久しく時がたってしまいましたが、通販も完成したので再開です。第2回目はSAMURAIにも多大な貢献をしていただいているフォレンツェ在住のフォトジャーナリスト池田 匡克氏です。
インタビューは、先回の帰国時、梅雨明け間近の7月猛暑の中、横浜中華街の老舗「華正楼」にてお仕事中の合間にお時間いただきました。池田氏は取材するのもされるのも慣れてみえるので要領を得てみえて、さくさくとインタビューは進みます。不慣れな私は取材者というよりAD(アシスタント)で、まるで池田氏が自分で自分を取材してるかのごとく。。

サムライのルーツ

AMAZONの著書紹介文から引用すると、

1967年東京生まれ。青山学院大学文学部卒業。イタリア国立ジャーナリスト協会会員、ジャーナリスト、エディトリアル・プランナー。出版社にて男性誌、女性誌の編集に携わった後独立、渡伊。1998年よりイタリア、フィレンツェ在住。イタリア文化、旅、料理に深い造詣を持ち、写真と文章で表現するビジュアル・ノンフィクションを得意とする。(株)オフィス・ロトンダ代表取締役

お聞きしたインタビューで補足すれば、

4000gで誕生、幼少時は虚弱体質で小児科通いだったそうですが、小学生時代には「健康優良児」に選ばれ表彰、学級委員を歴任する成績優秀児。中学時代はサッカー部キャプテン。がしかし・・・
侍「中学生のときね、当時好きだった子に交際してくれるようお手紙書いたんですよ、承諾いただいて1週間後に「やはりお別れする」とお返事いただきましてね、、別れるって何もないのに。。」と若干悔しげに当時を振り返ります。

サムライのいま

 

女「今のお仕事をされる経緯は?」

もしパズル雑誌とかに配属されていたら今は違う人生を

侍「わたしは文学部で英文科だったんですよ、本を読んだり書くことが好きだったので、大学3年のときに出版か新聞を目指しまして、市ヶ谷の世界文化社へ就職したんです。運よく花形の”家庭画報”の編集部に配属。どこに配属されるかはひとつの分岐点で、パズル雑誌とかに配属された人たちは今は違う人生を送ってたりしてますが、僕もやめてたと思うんですけど。。景気がいい時代で広告もすごくて、予算も潤沢でお金をかけた編集をしてたりして。今思うといい経験をつんだと思います。そのときの悪い癖として今だにすぐにタクシー乗っちゃったりするんですけどね。それで雑誌のそういうのやって、語学も好きだったし。当時は住もうとは思ってなかったんですけど、外国行ったりとか知らないもの見たりとか写真とったり取材したりとか原稿書いたりとか、そういうのはしたいなと。」

その後1998年にイタリア。フィレンツェへ渡り、ほぼ20年。その間取材した国はフランス、ドイツ、スペイン、ギリシア、スイス、シンガポール、ベトナム、タイ、アメリカ、インド、ポルトガル、ペルー、アルゼンチン、スロヴェニア、イギリス、ベルギー、オランダ、オーストリアなど各国をまわり取材され、著書多数。

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上の写真は、今年3月に、世界1のシェフ、マッシモ・ボットゥーラ氏の来日記念講義にて、神がかった同時通訳で、難解なボットゥーラの哲学を、一言も漏らすものかと聞く聴衆へ情熱的に表現された時のもの。この時にされているネクタイとポケットチーフは、亡くなられた母上の形見のお着物からお作りしたもので、天上からの応援もあったのでしょうかとても感動的でした。もちろん氏に選ぶ1本もこの江戸小紋のレジメンタルタイとその八掛でできた「いろはにほへと」の文字入りのポケットチーフです!

イタリア語には”義理人情”に置き換える言葉はないんですよ

好きな武将はとの問いに、イタリア人だとチェーザレ・ボルジア。「教皇の私生児で、教皇が自分の勢力拡大のためにチェーザレをローマ教皇軍の大将として任命して、ローマから進軍して中部イタリアを制圧して教皇領のものにしちゃうというむちゃくちゃな時代で、権謀術数を使う毒殺も得意なそういうブラックな武将で魅力あふれてた人。中世で教皇が1番強くて、その勢力図はイタリア統一まで続きましたからね。わたしが塩野さんの本を読み始めた中ではかなり初期の作品なので初めて知るイタリア史、みたいな感じもあったな。。そのチェーザレの妹にルクレツィア・ボルジアっていう金髪の美しい妹がいて、その妹がボローニャに興しいれをするときに嫁ぎ先のボローニャの市民たちがその髪の毛をイメージした料理を作ることになって、その時に髪をイメージしてつくられたパスタが”タリオリーニ”と言われているんです。」

好きな女性のタイプはとの問いには、「うーん、自分の意思をしっかりもっている人。悪い面もあるかもしれないけれど、主義主張がある女性。」趣味の問いには「これと言ってはないんですけど昔は「釣り」が大好きでね、生物学的にもお魚詳しくなるし、釣果が伴わなくてもストラテジー的にも面白い趣味だと思うんですよ。海も渓流もやってて、そうすると川の流れとか植生とかも見るし、フライフィッシングとかやって生態域とか詳しくなっておもしろいなって。」

女「あなたにとってネクタイとは?」
侍「普段はあまりネクタイをする仕事ではないですけれど、重要なインタビューとか、相手が重要なポジションとかでこっちもちゃんとしないといけない場合とか、晩餐会とかで正式な食事会とかでちゃんとしたレストランに行く場合とか、人前で話す機会もたまにあるんですけど。ネクタイをするとなると、スーツもだし、時計とかそれ用のものにするし靴もシャツもバッグも、財布も薄いものにしたりするし、ネクタイがすべてじゃないですけど、正装とかそういうときはボウタイしますけど、するときは違うモードというかハレの舞台で引き締まるような。シャツにアイロンかけたり、ポケットチーフやハンカチもアイロンかけて、そのいろんな準備段階がまたおもしろいんですけどね」

現代のサムライとはの問いに、「自分のスタイルを持っている人、女性もそうですけど男性もそういう人が僕好きなんで、自分でもそうありたいと思ってますが、仕事でも趣味でもいいんですけど、自分はこれが専門だと言えるもの、あれだったらあの人だよねというか、それに関しては絶対的な自信があるというか、一芸に秀でたものを持ってる人が、サムライかなと。。あとはまあ古いけれど義理人情とかになるのかなと僕は思うんですよ。あんまりドライなものの考え方よりはあの人のためならこれはやってあげようとか。そう言われちゃったら人肌脱ごうとか。僕はイタリアに住んでるんですけど、イタリア語には義理人情に置き換える言葉はないんですよ。日本人独特の感覚なので、昔からある日本文化の1つだと思いますね。」

今後やりたいことはの問いには、「仕事はいっぱいありますけれど、もっとなんか趣味の時間もちたいなと。今年50になりましたので茶道とかね、空手か柔道とか昔からやりたいんですけど、特に外国に暮らしていて年とってくると日本文化をもっと知りたいなというか、知ってないといけないなと感じることが多いので、やりたいなと思ってますよ。」

あと余命が3日だったら。
「あの村上春樹、僕昔好きで”世界の終わりとハードボイルドワンダーランド”が好きだったんですけど、その主人公が能の中にあるプログラムを埋められてトラブルにいろいろ巻き込まれるんですけど、ある日あと24時間で記憶がなくなってしまうと博士に言われるんです。そのときの状況と似てますけどその主人公はなるべく日常とおりの生活をしようとするんです。前の夜はひとりの女性とイタリア料理店へ出掛けてそれこそ食べたい料理を好きなだけ食べて、夜遅くまでウィスキーを飲みながら好きな音楽を聴いて。翌朝早く目が覚めたら海を見に出掛けてベンチでビールを飲みながら、いろんなひとのことや音楽のことを思い出しながら静かに目を閉じる。。この前小林麻央さんもなくなりましたけれど、僕も以前、大病して死を覚悟した3日間を実際に体験したんですが、そのとき感じたのは一番大事なのは日常生活ではないかなと。最後あと3日だったら、特別なことではなくて、ごくごく普通に好きな料理つくって、お魚さばいて、好きな本読んで、テレビ見て、そんな最後が迎えられたらと、当時も思いましたね。。」

 

決まった寿命を生きていくと残された時間は相対的に刻々と減っていく。その未来の最後の日を覚悟し向き合った事のある人の死生観や、それ以降の価値感には、余分なものがそぎ落とされた洗練がある。よく知る池田氏の、普段の何気ない言葉や行動から零れ落ちる、何かを今世に残していこう、役に立とう、与えよう、教えようという、優しさと厳しさの狭間から感じる人としての気高さを、デキる男の嗜みなのか、まったく冗談まじりに、謙虚に、品よくさらっとカモフラージュする。これまでも、これからも、氏のさりげなさを装った渾身の仕事に、イタリアの、日本の人たちがいったいどれだけ感化されていってしまうのかを、楽しみつつ見守り続けたいと思います。

メッセージ編

女「では最後に、後生に向けてメッセージがありましたらお願いします!」

旅は…これほどおもしろいものはない

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