現代のサムライたちの時空間へ

サムライ伝 Vol.5 江戸鍛冶三代目 左 久作氏

第5回目は、サムライ伝Vol.4の山添重幸氏が尊敬する江戸誂え鍛冶の三代目「左 久作」の池上喜幸氏。江戸で13代続く鍛冶流派の伝承者の名工であり、宮大工や家大工、バイオリンなどの楽器職人などが自身の仕事にあわせて誂えるプロ職人のための刃物師。10月半ばの雨降る中、月島の鍛冶場へお伺いしました。先回訪問したときに、その匠の技に無知なのにもかかわらず、刃物の見目の麗しさと出来上がるまでの物語に惹かれ思わず注文した元禄時代の出雲鉄を鍛えた誂え小刀「岩魚小刀」も完成しており、目の前で箱書きとともに銘を切っていただきました。

和鉄を使った小刀 刃物師 左 久作

江戸鍛冶の言いたい放題ブログ

サムライのルーツ

流派をさかのぼれば振袖火事の頃(1657年4代将軍徳川家綱の時期)になるそうですが、そこまでの詳細は残念ながら震災や戦災で資料が残っておらず。わかっているのは江戸末期から明治維新後の東京。急激な人口増で木造建築も発展、そんな時代の追い風でここ東京に全国トップクラスの質と層の厚い大工道具の名工がひしめいていました。その中に抜きん出ていた鑿(のみ)の名工 久弘(ひさひろ)。ですが「左 久弘」銘で優れた名品を造っていた、柏木”左 久弘”家は、その後、昭和10年に二代目政太郎、昭和15年には三代目市太郎を相次いで亡くし、「左 久弘」銘は途絶えます。

その頃、10歳の頃より二代目「左 久弘」(柏木政太郎)の弟子であった池上喜作氏(サムライ伝Vol.5 池上喜幸氏の祖父)は、のちには東京の鑿鍛冶業界の指導者になる名工でした。大正12年春、喜作は「左久弘二代目の政太郎から「左久作」銘を授かり、二代目の娘と所帯を持って東京の当時の新興住宅地 月島に独立。跡継ぎなしで途絶えていた名跡「左 久弘」銘を昭和24年に襲名、四代目「左 久弘」ともなり、「左 久弘」の唯一の正統な技術継承者となった「左 久作」は、伝統のみならず、伝説をも引き継ぐことになります。

師匠であり父の、二代目「左久作」池上喬庸(たかのぶ)氏も鑿鍛冶の名工と評価され、初代を亡くした後は鑿鍛冶組合の会長や中央区伝統工芸士になるなど業界の指導者として貢献されます。

■プチ解説■

■池上喜作(いけがみ きさく)=祖父=初代 左 久作(ひだり ひささく)=4代目 左 久弘(ひだり ひさひろ)
■池上喬庸(いけがみ たかのぶ))=父上=2代目 左 久作(ひだり ひささく)
■池上喜幸(いけがみ のぶゆき)=サムライ伝登場ご本人=3代目 左 久作(ひだり ひささく)

サムライのいま

 

現在、池上「左 久作」家は、亡き父である二代目の下で修業した長男 池上喜幸(のぶゆき)氏が3代目を襲名。(流派では13代目)今では海外や西洋楽器用の刃物などの注文も多く、刃物鍛冶として活躍の場を広げて、東京中央区月島で名工として江戸刃物鍛冶師の伝統の継承。その様子は各方面からの取材の記録として公開されております。その一例として、

日経テクノロジーonline 技のココロ「打刃物」

5回シリーズ。その巧みの技の伝承について掲載されています。(上の写真3枚はその技のココロより)

【葛城奈海・海幸山幸の詩 #6】鑿鍛冶の「粋」と「真髄」

では、火造りをし鉄を赤め鎚で叩く日本独自の鋼と地金を鍛接する動的な鍛冶仕事から研ぎまでの静的な姿までが動画にてご覧いただけます。

 

・・・!!

さてここからはサムライ伝独自の取材内容、「この名匠にこの質問?!」と、後で冷静に考えると赤面、汗出ます。がすでに取材も終わり、せっかくですので。。匠の人間味溢れる横顔なども少しご紹介できればと思いますゆえ。

上の写真は、その日にお代と引き換えに頂いてきた「和鉄岩魚小刀」(3本の1番下)。経年変化で鉄の色が変わるのを楽しめるので柄をすげずに使ってみます。上に行くほど年代もので黒く艶やか。次の写真は、主に日本刀の材料として使われる、砂鉄を原料としたたら吹きにより造られる今ではとても貴重な玉鋼(たまががね)。

昭和30年、下町 月島の鑿鍛冶の名工の職人「左 久作」家のご長男にお生まれになった喜幸少年は、幼稚園、小学校と月島で過ごした後、中学は日本橋の繁華街へ、その後高校・大学は九段のお屋敷街へ通われます。正真正銘の江戸っ子です。二松學舍大学 中国文学部卒。13代以降の後継はおらず、「今夜食中毒などで死んだら、ぶつっとそこで切れます」とあっさり。「鍛冶の会」に外弟子が27人いらっしゃるそうですが、「270種類の刃物を彼らはまだ覚えてないので。。まあしょうがねーだろうな」とこれまたあっさり。「時代によって必要とされる建築や建具、家具も 変わりそれを作る道具も変わる。道具の寸法、幅、用途を心得てないと間抜けな道具になるんでね、そういう急所を押さえていないとね全部違うからね。」

建築や、漆器、箸、盆など食生活などに、日常生活にふんだんに木を取り入れているのが西洋と異なる日本独自の文化ですが、そうした木の文化を支えているのが刃物鍛冶だということにあらためて気付かされます。しかも用途ごとに異なる刃物が270種類もあるとは!長年かけて培われて来た刃物鍛冶と木建材や工芸の文化の関係は、日本人ならではの創意工夫と美意識です。

好きな武将はとお聞きすると「関羽(三国志)。実直だから。好きな男性はトムグルーズ。ハンフリーボガード」意外と西洋志向でもあるようでちょっと親近感。

趣味はとお尋ねすると「音楽なんですよ。バイオリンコンチェルト、ピアノコンチェルト、あるいはオペラ。ショパンのパッショナータ聞いても、モーツァルトのディヴェルティメント聞いても、ビバルディの四季の冬を聞いても、演奏者、指揮者によって全部違うので面白いですね。あとは本はつねに読んでるんですけど、学生のときの習い性なんで趣味に入れないんですよ。文学部出身の人間は、趣味を読書って書いちゃいけないってずっと言われてるんでね。」「歌舞伎も教養だと思ってるんです。何言ってるんだか聞き取れないんじゃしょうがないし。歌舞伎では役者は必ずからだを下手に切っといて、顔だけ正面切るんですよ。それはお客さんに正対するのは失礼だから。究極的にはわびとさびなんですよ。わびしいか、さみしいかだけ、何かもの足らない、もうしわけない。詫びてるんですよね。心づくしができなかった寂しさなんです。今ね、いいビデオが出てますから、昔のビデオをご覧になると、今の歌舞伎の劣化がはっきりわかりますよ」「特に気に入らねぇのがね・・」とここから歌舞伎談義がしばらく続きます。。

そんな現代の刃物鍛冶の名工にとってネクタイとはどんな意味を持つのか?それよりもネクタイをする機会はあるのだろうか?もしかしたら名工にとっては無用の長物ですか?という問いかけにはこのように答えて下さいました。

「わたしにとってネクタイとは、どうしてもその格好しなきゃいけないときのもんですね。冠婚葬祭、ドレスコードがあるところ?でも鍛冶屋の服装というのは、手ぬぐい(タオル)巻いてりゃ基本OKで、銀座の三越にも行けるんです。ひょいと首に巻いて、Tシャツの襟に入れるだけ。でもね、手ぬぐいって実はすごく役に立つんですよ。雨が振ってきたときにも、ほおっかぶりできる、 それから、道中でお客様んとこいく時にトイレ言って拭いて手をきれいに見せて行ける。便利でしょ?」

そんな喜幸さんとともに選んだ1本は、笹の葉がまるで刃物のように鋭い、黒留袖の1本。似合います!

「下町の人間ってのはお互い不干渉なんです。本当は助け合わなくっても生きていける。よく下町の人間って人情が厚いって言うけど実際は厚くないんだよ、お互い不干渉だから。お、あのうち雨降ってんのに洗濯物とりこんでねえでやんの。ドジだねえ、ってなる。ちゃんと表の気配ぐらい感じなさいよ、雨の音、雨の匂い、風の感じ?そーゆーのわかりゃ雨降ってくるのわかるし、昔はそうだったんだよ。」

ここでいつもの質問。どんな人がサムライと思われますか?と聞いてみます。

「うちはサムライの出なんですよ、って人にたまに出くわしますけど、家の作りで格式でわかっちゃいますね。中大名以上の格式を持ってる御家来衆だったら、家が防衛線なんで、家の中が戦に適した作りになってます。それ以下だと廓といってある程度いつぶっこわされてもいい、掘っ立て小屋みたいなもんですよね。あれはサムライの家じゃない。でも思うに、小泉純一郎!あの人はサムライだね。1本筋が通ってるし、こうと決めたら考えを曲げない。あの人こそ現代のサムライだよ。」

この話しの流れから、喜幸さんから「では次のサムライ伝に、小泉純一郎さんをご紹介します」というお言葉をいただけるのかと期待しつつ最後の質問

父の技を超える。それしかない。永遠の目標 1センチでも先に

女「これから先、何かしたいことありますか?」
侍「あー、これはもう明白です。父を追い抜くこと。父の技を超える。それしかない。永遠の目標 1センチでも先に。父ならこうする。あとそこにもうひとつ、自分の工夫、いれらんない、まだ。ものをつくる人間は誰かを超えたと思ったら傲慢ですよ、それで終わり。」

女「余命があと3日だったら何がしたいですか?」と質問しますと、その前の父上の話の険しいお顔から急遽、嬉しそうな顔になります。かつてこの質問にこんなに楽しそうに答えた侍はいらっしゃらず、、暫く考えた後、

侍「ぜーんぶ金つかって、、、日本フィルハーモニーの指揮してみたい。 あのオーケストラを自分でコントロールしてみたいな。いや、ロンドンフィルがいいや。 ニューヨークフィルちょっと遅いのよね、出だしが。そう、ヘルベルト・フォン・カラヤンさんがやったみたいな、あーゆーふわぁっと。 モーツァルトの戴冠式がいいな。バイオリンは誰がいいかな・・」と名工であることを忘れてしまうほどに無邪気でかわいらしい少年のような侍でありました。ちなみに指揮はされたことはないそうです。

下町育ちの小気味よい語り口と人柄に、日本人ならではの精神性「侘び・寂び」を宿し、後継など簡単に作れない現代の名工の、確固たる美意識が在りました。無常の世でもなお、永遠の師を越えるために、客により喜んでもらうために、好きな世界を愉しみながら日々淡々と鉄を鍛え続けるその姿を、その仕事を、日本人として残しておきたい気持ちでいっぱいになりました。

メッセージ編

女「では最後に、後生に向けてメッセージがありましたらお願いします!」

あたりまえのことしろよ

刃物づくりの人間だったら、まず切れるもんつくれ、売れるもんつくれ、と言いたい。

あたりまえのことしようよ。われわれ刃物作りは、切れて当たり前、使いやすくて当たり前、研ぎやすくて当たり前、そっから自分の工夫で何かするんだったらすばらしいけど、まずは当たり前のことをやる。全てはそこから。

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